大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和45年(ワ)1094号 判決

原告

湯浅金物株式会社

原告

湯浅電池株式会社

右両名訴訟代理人

馬塲東作

外二名

被告

株式会社ユアサ

右訴訟代理人

宗宮信次

外五名

主文

一  被告は、「株式会社ユアサ」なる商号を使用してはならない。

二  被告は、昭和四五年一月五日東京法務局日本橋出張所において登記した商号「株式会社ユアサ」の扶消登記手続をせよ。

三  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

〈前略〉

一(当事者)

原告湯浅金物株式会社(以下「原告湯浅金物」という。)は、大正八年六月、それまでの個人企業を株式会社組織に改めて設立され、以来株式会社湯浅七左衛門商店の商号を用いていたが、昭和一五年一〇月湯浅金物株式会社に商号を変更し、ついで、昭和一八年一〇月一時湯浅金属産業株式会社に改め、再び昭和二一年一〇月現商号に変更したものであり、原告湯浅電池株式会社(以下「原告湯浅電池」という。)は、大正七年四月、それまでの個人企業を株式会社組織に改めて設立され、以来、湯浅電池製造株式会社の商号を用いていたが、昭和二九年九月現商号に変更したものである。

原告湯浅金物の資本の額は二七億八〇〇〇万円、近時一年間の売上高は約五〇〇億円であり「1次の物品の売買および輪出入の事業、イ工作機械・機械器具・工具・計量器・測定機・試験機・動力伝導装置・軸受け・非鉄金属・産業用電気機械器具・原動機類・コンプレツサ・送風機・油圧機器・建設機械・産業用車両および荷役運搬機械設備、ロ鉄鋼・弁・水道用器具・衛生陶器・ポンプ・ボイラ・冷暖戻空気調和機械設備・建築用組立て材料・建築用金属製品・建築用金物・事務用店舗用製備品・家具・ガス機器・石油機器・家庭用金物・民生用電気機械器具・事務用機械器具・農器具および電池、ハ食料品加工機械ならびにその他金属製品およびプラスチツク管・板・フイルム等の化成品、ニ以上の物品の部分品・取付け具および付属品、ホその他各号事業に関連する物品、2前号の物品の賃貸の事業、3第一号の物品の製造および加工の事業、4建設業ならびに建築物の設計および工事監理の事業、5宅地建物取引業および不動産鑑定業、6宅地および工業用地等の造成の事業、7不動産の所有・管理および賃貸の事業、8損害保険および自動車損害保障法に基づく保険の代理の事業、9前各号に付帯または関連する一切の業務」を営業目的とし、また、原告湯浅電池は、資本の額三〇億円、近時一年間の売上高は、約一九〇億円であり、「1各種の電池・その原料および部分品・整流器・電池応用品ならびに電気機器類の製造・販売、2計量器および付属品の販売、3電気自動車の製造・販売、4各種の合成樹脂製品およびゴム製品の製造・加工および販売、5公害防除機器の製造・販売、6不動産に関する事業、7前記各号に付帯または関連する一切の事業」を営業目的とするものであるところ、原告両会社は、遠く寛文六年(一六六六年)湯浅庄九郎が京都堀川において木炭業を創始したことに端を発し、三百年の歴史をもつわが国屈指の企業である。

被告株式会社ユアサは、明治三一年湯港竹之助が創始し、当初湯浅竹之助商店と称していたが、大正七年八月株式会社組織に改め、湯浅貿易株式会社と称し、昭和二五年六月に、別に湯浅竹之助が設立した湯浅木材株式会社(昭和一九年一二月湯浅木材工業株式会社と改称したことがある。)を合併し、改めて商号を湯浅貿易株式会社と定めたが、さらに昭和四五年一月五日、株式会社ユアサと商号変更をしたものであり、資本の額一〇億円、昭和四三年一〇より昭和四四年九月までの一年間の売上高は、約五五〇億円であり、「1下記物品の売買および輸出入業、イ木材・合板・単板・床板・削片板・繊維板・木製品・建築材および家具類、ロ食糧・砂糖・塩・油脂・油脂製品および原料・農産・林産・水産・畜産物・雑穀・加工食品・煙草・酒類・その他の飲料・香辛料および調味料、ハ肥料・飼料およびこれらの原料、ニ鉱礦石・鉄非鉄金属類・非金属土類およびこれらの製品、ホ各種機械器具類・機械設備・プラント類・車両・船舶・航空機およびこれらの部品、ヘセメント・硝子・その他の窯業製品、ト石岩・石油その他の燃料類およびこれらの製品、チゴム・パルプ・紙および製品、リ化学製品・医学品、化粧品・香料・日用雑貨類およびその原料、2前号物品の製造加工業および請負業、3前各号に関する代理業・仲立業および問屋業、4林業、倉庫業および運送業、5機械設備・プラント類および構築物等の設計・修理・据付・建設および工事請負業、6船舶および保険代理業、7船舶・車両その他機械類の所有・賃貸借に関する業務、8不動産の売買・賃貸借および管理業、9当会社の営業に関連ある事業に対する投資、10前各号に関連する一切の事業」を営業目的とするものである。〈後略〉

理由

一〈略〉

二原告湯浅金物は、まず、商法第二〇条の規定にもとづいて、被告の現商号使用の差止およびその商号変更登記の抹消登記手続を請求する。

商法第二〇条第一項は、商号の登記をした者は不正の競争の目的をもつて同一または類似の商号を使用する者に対してその使用をやむべきことを請求しうると規定し、同条第二項は、同市町村内において同一の営業のために「他人ノ登記シタル商号」を使用する者は、不正の競争の目的をもつてこれを使用するものと推定している。この「他人ノ登記シタル商号」は、同法第一九条の「他人ガ登記シタル商号」は同一の営業のためにこれを登記することをえずとする規定を受けているものであり、両者は、同義に解するのが相当である。そして、この第一九条の「他人が登記シタル商号」は、同条が商号登記をした権利を保護する目的に出たものである以上、商業登記法第二七条の規定する「同一の営業のため他人が登記したものと判然区別することができない」商号を含むものないしはこれと同義と解すべく、さらに、この「判然区別することができない」商号は、同条の見出しに「類似商号登記の禁止」とあることからも明らかなとおり、「類似の商号」というに同じいものと解される。したがつて、商法第二〇条第二項の「他人ノ登記シタル商号」とは、他人が登記した商号と全く同一のもののみならず、「他人が登記したものと判然区別することができない商号」すなわち「類似の商号」をも含んだものというべきである。そして、この「類似の商号」と商法第二〇条第一項の「類似ノ商店」とは、理論的には、同義と解されるが、ただ、その具体的適用に当つては、商業登記法第二七条適用の場合は、登記官が、商業登記事務における商号の類似性判断に際して、考慮に入れるべき取引の実情を知るに十分な手段が備わつていないので、商法第二〇条第一項、第二項適用の場合に、裁判所が取引の実情の立証を受けて判断する場合と異つて、事実上、判断の結果に差異を生ずることもありうるだけである。

ところで、商法第二〇条第二項にいう「同市町村内ニ於テ……他人ノ登記シタル商号ヲ使用スル者」とは、その者が会社である場合、その登記簿上の本店所在地が、同市町村内にある場合に限らず、少なくともその者の主要な営業所が同市町村内にある場合をも含む趣旨に解すべきことは、その規定からも明らかである。本件において、被告が、原告湯浅金物の本店所在地たる東京都中央区内に、現に主要な営業所を有し、「株式会社ユアサ」の商号を使用するにいたつていることは、〈書証〉および弁論の全趣旨に徴し明らかである。とすれば、被告が原告湯浅金物と同一の営業のために、前説明の意義における「他人ノ登記シタル商号」を使用する者に当るかどうかによつて、商法第二〇条第二項の推定を受けるか否かが定まるものといわなければならない。

(一)  商号の類似性について

原告湯浅金物株式会社と被告株式会社ユアサとの両商号は、多様な表記態様の用いられる商号使用の実情をも含わせ考えれば、結局、「湯浅金物」と「ユアサ」とを具体的に対比して、その類否を決すべく、その類否は、一般取引の場において世人が彼此混同誤認をするおそれがないか否かを商号自体について観察し、あわせて取引の実情を参しやくして定むべきものであることは、まず疑をいれないであろう。

原告湯浅金物と被告とは、いずれも、古い歴史をもち、前認定のとおり、きわめて広範な営業目的のもとに、国内国外において多様大量な営業活動を行つて来た総合商社であり、将来もますますその傾向は拡大されるであろうところ、「湯浅金物」は、そのうち「金物」が総合商社としての営業活動の範囲のうちの一部を表示するにすぎないものである一方、湯浅姓の個人に由来するその長い歴史と広範な営業活動と相まつて、一般に「湯浅」「ユアサ」の部分に大きい印象を生じ、ひいて、「ユアサカナモノ」のみならず、その上位概念的ないし包括的把握として、簡明に「湯浅」「ユアサ」の呼称および観念をも生じ包蔵することは加入電信番号のほか、テレックスの加入者略号として単に「YUASA」と表示されていることおよび原告湯浅金物と営業目的こそ異なるが、同系列に属する原告湯浅電池がその社員章として「ユアサ」「YUASA」を用いており、そのように表示されていることに徴しても明らかである。

また、〈書証〉〈証拠〉によれば、実際上も、営業上両営業主体について種々の誤認混同を生じていることを認めることができる。被告は、具体的な誤認混同の事例について、いずれも単なる誤記、誤配などにすぎないと主張するが、肯認することができない。

被告は、その従前の商号「湯浅貿易株式会社」と現商号「株式会社ユアサ」とが類似するものであることを自認する。このように、「湯浅貿易株式会社」の商号が、そのうち営業活動の分野を表示する部分「貿易」を除いた包括的な表示より成る商号「株式会社ユアサ」と互いに類似するということは、被告が「株式会社ユアサ」なる商号を使用した場合、世人は、「ユアサ」したがつてまた観念としての「湯浅」を主要部とするこの商号と、これに原告湯浅金物の営業活動の一つの分野を表示する「金物」を附加した商号「湯浅金物株式会社」とについても、互いに誤認混同を生ずるであろうことを推認させるに十分である。

右によれば、被告の商号「株式会社ユアサ」は、原告湯浅金物の商号と誤認混同を生ずるおそれがあり、類似する商号であるというのが相当である。

(二)  営業の同一性について

被告の営業目的を原告湯浅金物のそれと対比するに、少なくとも、鉄鋼、非鉄金属類、各種機械器具工具類、機械設備、建築材料、家具類、化学製品、これらの部品等の売買および輪出入の事業、右物品の製造および加工の事業、建設業ならびに建築物の設計および工事請負の事業、機械類の賃貸の事業、不動産の売買、管理および賃貸の事業、保険代理の事業、これらに関連する一切の事業において、競合一致していること、また、原告湯浅金物の主要商品には、工業機械((1)数値制御工作機械、旋盤、フライス盤その他鍛造機械を含む工業機械、(2)切削工具、工具保持器、治具その他工場用機器を含む工具、(3)電気機器、内燃機関、空気圧機器、油圧機器、変・減速機、工場用機器を含む工業機器)、産業機械((1)基礎・土木用機械、道路用機械、建築機械および資材、公害防除用機器、動力源、一般機械器具を含む建設機械、(2)昇降揚重機、コンベア、産業車両、総合荷役設備、その他を含む運搬機械)(以上の諸商品のシステム的販売も行う。)、環境設備((1)管工資材、構造用鋼管、管工器具、給排水機器、計器、浄化槽、水タンクその他を含む管材機器、(2)蒸気ボイラー、温水ボイラー、温風暖房機、冷却塔、燃焼機器、自動制御機器その他を含む空調機器)、建築資材・住宅機器((1)構造用建築資材、建造物、温室その他を含む建築資材および土地造成、住宅分譲等のハウジング、(2)炊事用具、冷蔵庫、事務用機器、家庭用家具その他を含む住宅機器)(以上の諸商品のユニット的な販売も行う。)が含まれ、同原告は、そのほか土木建築の請負業も行つていること、被告の取り扱う商品には、(1)輸入品として、南洋材、ソ連材、米材、工業用家庭用空調設備、内燃機関、食料加工機械その他各種機械類、天津栗、カシユーナット、動植物性および化学飼料一般、(2)国内販売品として、北海道材、チップ、合板、床材その他木質系建材、金属性各種建材、組立ハウス他各種特殊建材、産業用車両、運搬荷役機械、骨材生産機械、セメント製造機械設備および装置、合板、木工機械およびプラント、化学装置および除塵装置、ハ種金属加工機械、鍛造機械、普通鋼製品、特殊鋼製品、小豆その他の豆類、植物油、(3)輸出品として、合板、床材その他木質建材、各種工作機械、切削工具、内燃機関、ボイラー、鋼材切断および折曲機械、運搬荷役機械、工業用電気機器、鋼製品、非鉄地金、食料品その他が含まれていることが、それぞれ認められる。右認定の事実によれば、被告は、原告湯浅金物と広い範囲で営業を同一にしているものと認めることができる。

右のとおりである以上、被告は、商法第二〇条第二項の規定により、不正競争の目的をもつて、その商号を使用するものとの推定を受けるものといわざるをえない。被告は、原告湯浅金物とは、その取扱商品について流通機構を別異にするから、両者の商号について誤認混同を生ずることがないし、また、主要取引商品と会社との結びつきについてのイメージが、それぞれ顧客の間で確立され、たとえば、建材部門ついても、金属建材関係と木質建材関係に区別されているので営業の競合はない旨主張するが、しかく明確にこれらを認めうる資料はない。〈中略〉

そうであるとすれば、ひいてまた、原告湯浅金物の被告に対する商号「株式会社ユアサ」の使用差止および商号変更登記の抹消登記請求は、商法第二〇条第一項の要件を充たすものということができるから、理由があるものといわなければならない。

三原告湯浅電池は、不正競争防止法第一条第一項第二号の規定にもとづいて、被告の現商号使用の差止およびその商号変更登記の扶消登記手続を請求しているので、順次その要件について検討する。

(一)  商号の周知性について

〈証拠〉ならびに原告湯浅電池の来歴、資本の額、年間売上高についての前認定の事実に弁論の全趣旨を合わせ考えるときは、同原告の商号「湯浅電池株式会社」は、少くとも被告が本件商号変更をした当時すでに、日本国内において取引者らの間に広く認識されていたものと認めるに十分である。

(二)  商号の類似性について

原告湯浅電池株式会社と被告株式会社ユアサとの両商号は、多様な表記態様の用いられる商号使用の実情をも合わせ考えれば、結局「湯浅電池」と「ユアサ」とを具体的に対比してその類否を決すべく、その類否、一般取引の場において世人が彼此混同誤認をするおそれがないか否かを商号自体について観察し、あわせて取引の実情を参しやくして定むべきものであることは、まず、疑をいれないであろう。

原告湯浅電池と被告とは、いずれも古い歴史をもち、前認定のとおり、広範な営業目的のもとに国内国外において多様大量な営業活動を行つて来た総合商社である。将来もますますその傾向は拡大されるであろうところ、「湯浅電池」は、そのうち「電池」がメーカーとしての営業活動の範囲を表示するものである一方、湯浅姓の個人に由来するその長い歴史と広範な営業活動と相まつて、一般に「湯浅」「ユアサ」の部分に大きい印象を生じ、ひいて「ユアサデンチ」、バッテリーの「ユアサ」のみならず、その上位概念的ないし包括的把握として、簡明に「湯浅」「ユアサ」の呼称および観念をも生じ包蔵することは見やすいところである。そして、そのことが実際上も認められることは、原告湯浅金物の商号と被告のそれとの対比について説明したところのとおりである(二の項(一))。

また、〈証拠〉によれば、実際上も、営業上両営業主体について種々の誤認混同を生じていることを認めることができる。被告は、具体的な誤認混同の事例について、いずれも単なる誤記、誤配などにすぎないと主張するが、肯認することができない。

被告は、その従前の商号「湯浅貿易株式会社」と現商号「株式会社ユアサ」とが類似するものであることを自認する。このように、「湯浅貿易株式会社」の商号が、そのうち営業活動の分野を表示する部分「貿易」を除いた包括的な表示より成る商号「株式会社ユアサ」と互いに類似するということは、被告「株式会社ユアサ」なる商号を使用した場合、世人は「ユアサ」したがつてまた観念としての「湯浅」を主要部とするこの商号と、これに原告湯浅電池の営業活動の分野を表示する「電池」を附加した商号「湯浅電池株式会社」とについても、互いに誤認混同を生ずるであろうことを推認させるに十分である。

右によれば、被告の商号「株式会社ユアサ」は、原告湯浅電池の商号と誤認混同を生ずるおそれがあり、類似する商号であるというのが相当である。

(三)  営業の競合について

被告の営業目的を原告湯浅電池のそれと対比するに、少なくとも、ゴム製品、化学製品、機械器具、自動車の製造、加工、販売の事業、不動産に関する事業、これらに付帯または関連する一切の事業において競合一致しており、〈書証〉によれば、原告湯浅電池の取扱商品には、各種電池のほか、整流器、充電器、交換器、半導体素子、電気自動車、燈具類、ボートが含まれていることが認められる。

右認定の事実に、被告の取扱商品につき前に認定したところ(二の項(二))を合わせ考えれば、被告会社は、原告湯浅電池と競合する営業を行つているものと認めるのが相当である。

(四)  被告の使用する商号「株式会社ユアサ」がその使用以前より周知の原告湯浅電池の商号と類似し、両者の営業が競合する関係にあり、両者が右商号の使用により営業上の活動において誤認混同を生じていることは、右のとおりであり、そして、このようなときには、原告につきその営業上の利益が害せられるおそれのある場合であると認めるに何らの妨げがない。

とすれば、原告湯浅電池の被告に対する本件商号使用の差止および商号変更登記の扶消登記手続を求める本訴請求は不正競争防止法第一条第一項第二号の規定にもとづくものとして、理由があるというべきである。

四被告の先使用の抗弁について

被告は、原告会社の商号が日本国内において広く認識される以前から、これと類似の商号「湯浅貿易株式会社」を善意で使用して来たものであり、これをさらに類似する「株式会社ユアサ」に変更したのであるから、右「株式会社ユアサ」の商号についても、不正競争防止法第二条第一項第四号の規定により、その使用を継続しうべきものである旨主張する。しかしながら、同条の規定により使用の継続が認められる商号は、商号が広く認識される以前から引続き使用された商号だけであり、他の商号、すなわち、本件では「株式会社ユアサ」の商号は含まれれないと解すべく、それは、同条項が「広ク認識セラルル以前ヨリ之ト同一若ハ類似ノ表示ヲ使用スル者」に対し「其ノ表示」を使用することを例外的に許容していることに徴し明らかである。もつとも、特定の商号についてみるとき、時勢の推移に適切に即応し、その表現を漸次変化させる必要のある場合もあるであろうが、それは、商号を固定したものとすることにより、その商号に対する実際社会上の要請に応じられない結果を生じ、不当にその商号の生命を失なわせることを防ぐに必要であり、かつ、周辺の商標権者に予見できないような支障ないし不利益を及ぼさず、成立している秩序を損なうことがない限度で認められるものと解するのが相当である。したがつて、その変化の許容される範囲は、結局、社会通念上商号の同一性を損なわない限度が基準となるであろう。被告の商号「株式会社ユアサ」は、「湯浅貿易株式会社」の商号から営業活動の分野についての識別表示部分である「貿易」を取り除いたため、商号の中に「湯浅」「ユアサ」を用いる他のものとの関係においては、もつとも包括的な商号となり、その結果、原告湯浅電池の商号をも観念において包摂したものとして、「湯浅貿易株式会社」の表示の時よりきわめて同原告の商号と近似し、誤認混同を生じやすいものとなつている。商号「株式会社ユアサ」は、商号「湯浅貿易株式会社」とたとえ類似するものであるとはいえ、これが上に説明した限度内の変化にかかる商号と認めえないことは、多く説明を要しないところである。被告の右抗弁は、採用することができない。

五以上のとおりであつて、被告に対する本件商号の使用差止および商号変更登記の扶消記手続を求める原告らの本訴請求は、理由があるから、これを認容し、主文のとおり判決する。

(荒木秀一 野澤明 元木伸)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例